おとなのけんか
「ホントに、人生最悪の日・・・」
公開年:2012
監督:ロマン・ポランスキー
出演:ジョディ・フォスター、ケイト・ウィンスレット、クリストフ・ヴァルツ、ジョン・C・ライリー
上映時間:80分
安全とされていたブルックリンのブリッジ公園で、11歳のカウアンは同級生のイーサンを棒で殴り、前歯2本を折る怪我を負わせる。被害者であるイーサンの両親ペネロピとマイケルは、カウアンの両親ナンシーとアランを自宅に招き、供述書を提出し和解へと繋げようとするが、不意に出た世間話から、夫婦間の価値観や個人の道徳観の言い争いに発展していく。
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オープニングに発端となる事件が描かれますが、晴れやかな空の下、固定カメラのロングショットで映され、子供の顔は判別できません。それはまるで他人事だと言わんばかりに遠巻きで、大人と子供の距離感を表しているようにも思います。
舞台は、上記の場面以外はイーサンの両親の自宅のみで、登場人物も4人以外は登場しない(ご近所さんがうっすら出ますが)密室会話劇です。原作が戯曲であることから、脚本の良さもさることながら、出演者の演技力の高さが見れるという意味でもとても魅力的な作品です。
被害者イーサンの母ペネロピは書店の手伝いをする傍ら、シバ文明についての書籍を共著として出版したり、ダルフール紛争の研究を執筆するなどの作家活動も行なっています。また、フランシス・ベーコンなどの現代美術にも関心を持ち、一般的なカルチャーからは少し離れた趣味を持っているようです。4人の中では最も感情をあらわにしており、後半に至っては怒っているか泣いているかのどちらかで、心の不安定な部分を見せています。
その夫マイケルは金物の日用品店を経営しています。動物が嫌いなようで、子供が飼っていたハムスターを路上に捨てた経験を持ち、そのことをナンシーに問い詰められることが、この「おとなのけんか」の発端になります。子供の頃に同級生を殴ったことを自慢したり、子供や女性を見下すようなことを言ったり、差別的な発言が多く見られます。一方、他の3人が感情を爆発させる場面で、1人だけ冷静というズレた一面も見せています。
加害者カウアンの母ナンシーの職業は投資ブローカー。マイケルのハムスターを捨てた話になると途端に感情が湧き上がるのは、正義感の強さの表れでしょうか。序盤は常に笑顔で常識人といった雰囲気だったのに対して、後半は鬼のような形相で叫び狂い、4人の中では一番感情の振れ幅が大きい人物です。所々に挟み込まれるターニングポイント的な事件を起こすのはナンシーで、このストーリーの鍵を握っている存在とも言えます。
ナンシーの夫アランは弁護士。話の途中で何度も携帯電話に出て、他の3人(または観客)を常にイラつかせています。ヒートアップした4人の会話はこのアランの電話で一旦区切られ、物語上のクールダウンの役割を果たしています。一番最初に怒りの感情を出すのがこのアランですが、その後はほとんど怒りを見せることはなく、後半に至っては全編ニヤニヤとこの惨劇を楽しんでいるようにも見えます。というのも彼は怒りや暴力に関心があるようで、マイケルの少年時代の話を聞くときや、ペネロピやナンシーが怒るのを見て笑顔を見せています。彼が悲しみを見せる場面は、彼の所持している”もの”が汚されたり傷つけられたりする時のみで、基本的には他人に関心がない様子を表しています。
絵的な変化はなくとも、会話の端々に現れるちょっとした皮肉がお互いの心をくすぐり、振り子が振れるように少しずつ温度が上がっていく感覚はとてつもなくスリリングです。所々挟み込まれる大きな事件がアクセントとなり、最終的には怒りと笑いが入り乱れる混沌の展開へと発展していきます。
ポランスキー的な作風はあまり感じさせず、ファミリームービーとしてかなり爆笑できる作品で、僕も久々に夫婦でゲラゲラ笑いながら見た映画です。しかしライトな感じだけではなく、ダルフール紛争や、フランシス・ベーコンから暴力や混沌を予感させている点は、かなり奥深い要素も感じさせ、ポランスキーの新たな一面を見た傑作です。
▼日本での密室劇といえば、三谷幸喜監督のこれを思いつきました。
▼ジョン・C・ライリー出演、ポール・トーマス・アンダーソン監督デビュー作の感想。
ジョーカー
「ノック・ノック・・・」
公開年:2019
監督:トッド・フィリップス
上映時間:122分
突然笑い出してしまう病気を持つアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、ピエロとして芸人の仕事をしながら、人気コメディアンであるマレー(ロバート・デ・ニーロ)に憧れ、自分もコメディアンになることを夢見ていた。ある夜、電車の中でピエロのメイクで笑い出してしまったアーサーは若者たちに暴行を受け、防犯のために同僚から借りていた銃で彼らを殺してしまう。殺した相手は実業家トーマス・ウェインの産業の職員だったが、メイクのおかげで身元はバレずに済み、ピエロの仮面を被った殺人者としてアーサーは貧困層から絶大な支持を受けるようになる。
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ネタバレに近いことを書いていますのでご注意ください。
オープニング、若者に暴行を受け、倒れこむアーサーの上に大きく「JOKER」の文字。アーサーはのちに「俺の人生は悲劇じゃない、喜劇だったんだ」と語ります。悲しい追いかけっこで始まるこの映画は、白い光に包まれた追いかけっこで終わります。これは喜劇なのです。
この話はアーサーの自分さがしの物語でもあります。母親に育てられたアーサーは、父親の愛情を確かめたかったのかもしれません。そして愛を探し求めた果てに、その思いは儚く崩れ落ちることになります。そこから彼はジョーカーと名乗り始めます。
現実の中に妄想が突如挟まれますが、エンディングになるにつれ、その境目は曖昧になります。妄想に見えていたことが、最後には現実のことのように語られます。
アーサーが人を殺した時、とてもハッピーな音楽がかかります。悲劇的な瞬間の後に、必ずアーサーは力をみなぎらせます。アーサーは最後にこんなセリフを吐きます、「このジョークはあんたには理解できない」と。
映画『ジョーカー』本予告【HD】2019年10月4日(金)公開
▼この映画の人気コメディアンとして登場しているロバート・デ・ニーロ。今回のキャスティングはこの映画があってのことでしょう。
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キング・オブ・コメディ
「どん底で終わるより、一夜の王になりたい」
公開年:1984
監督:マーティン・スコセッシ
上映時間:109分
コメディアンを目指すルパート・パプキンは、人気コメディアンのジェリー・ラングフォードの車に強引に忍び込み、自分の芸を見て欲しいと頼み込む。その場では承認したジェリーだったが、それは彼を追い返すための口実に過ぎなかった。その後もパプキンは度々ジェリーに面会を求めるが叶わず、彼の行動は徐々にエスカレートしていく。
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とにかくオープニングクレジットのあの静止画がたまりません。あれだけでもこの映画が名作とされている理由がわかります。
パプキンの向こう見ずで狂気的な面と、一方34歳で実家暮らし(母親の声のみが度々登場する)でコメディアン志望という悲しみの面(本人はおそらく悲しみを感じてないので、それも狂気的)が交互に描かれ、コメディというテーマでありながら、終始孤独を感じる作品でした。
彼が序盤に言い放つ「考えられぬことが起こる世の中だ」というセリフの通り、まさかの結末を迎えますが、それはもしかすると彼の妄想かもしれないという捉え方もできます。また、突如間に挟み込まれる、その時の状況とは真逆のシーンは、果たして妄想なのか未来なのかということが最後まで明かされることはありません。
中盤以降に起こるある事件のスリリングさと滑稽さや、ラストの感動的にも思える番組放送のシーンなど、どこを切っても緊張感が途切れない、素晴らしい映画体験でした。
ポール・トーマス・アンダーソンの「パンチドランク・ラブ」以降の作品への影響も感じさせ、後世にも余韻を残す伝説的な物語であることは間違いありません。
▼ポール・トーマス・アンダーソン監督の3作目。コメディアンを描いた話ではありませんが、実際のコメディアンのアダム・サンドラーが怪演を見せている点で、この作品に通じるものがあります。
マイ・インターン
「愛と仕事が人生の全て」
公開年:2015
監督:ナンシー・マイヤーズ
上映時間:121分
退職し妻に先立たれ残りの人生を持て余すベンは、アパレル会社にインターンとして就職し、社長ジュールズの直属になる。気難しい性格のジュールズに「任せる仕事がない」と煙たがられていたベンだが、オフィスの若者たちに好かれ、その人柄にジュールズも彼を認め始める。そんな中、ジュールズの元に「外部からCEOを雇い入れたい」という話が舞い込む。
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言葉一つ取っても非の打ち所がない完璧さを持つベン(ロバート・デ・ニーロ)と、仕事はできるけどデスクはぐちゃぐちゃ、家庭もほったらかしの社長ジュールズが出会い、かけがえのない親友になっていく過程を描いたハートウォーミングなストーリーで、働く女性全般にお勧めできる良作です(下ネタもたしか一箇所だけありますが、可愛らしいものです)。
ベンのファッションや、アイテム、素敵な自宅などを見ているだけでも楽しく、中盤に挟み込まれる潜入パートでは、男子校みたいなノリのエンタメ感もあり、男性が見ても素直に楽しめると思います。
難点を言うなら、綺麗にまとまりすぎているという印象で、別の映画で人を殺すデ・ニーロを見てる身としては、若干物足りなさもあります。ただ、そういうのを見たいならゴッドファーザーやタクシードライバーを見れば言い訳で、野暮なことを言うのはやめましょう。
映画『マイ・インターン』予告編(120秒)【HD】2015年10月10日公開
▼気の狂ったデ・ニーロを見たい場合はこちらをどうぞ。
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アメリカン・ビューティ
「全てのものの背後には愛がある」
公開年:1999
監督:サム・メンデス
上映時間:122分
家族から虐げられ、自らを人生の敗北者と認めるレスターは命を落とす1年前、娘のチアリーディングを見に行った際に、娘の同級生アンジェラに一目惚れし生きる希望を見出す。平凡な人生から抜け出し、人と違う生き方を目指す家族と、その周囲の人々が織りなすミステリアスなラブコメディ。
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オープニングのナレーションでレスターが1年後に死ぬことを公言しますが、彼がなぜ死んだかとかはあまり気にならず、それよりもアンジェラと出会って以降のレスターのサイコっぷりに心を打たれっぱなしの2時間です。
ほぼ全ての登場人物が同じ場所で入り乱れる終盤は全く先が読めず、恐ろしい場面かと思ったら下品なショットになったり、ミステリーなのかコメディなのか、ジャンルも横断する混沌の展開となります。
「平凡な人生って最低!」と言い放つアンジェラですが、果たしてこの中で一番平凡な人間は誰だったのかは最後まで見た人ならわかるはず。そして、それが決して最低なものではないことも。
ゲラゲラ笑わされながら、息もつかせぬスピードでエンディングを迎えますが、終わった後はどこか温かい気持ちが残る素晴らしい映画でした。
▼「Me Too」の騒ぎで現在干され中のケヴィン・スペイシーですが、近年の怪演といえばこれでしょう。
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